電子書籍の組版を考える

「形のない本をデザインする」高瀬拓史さん

高瀬拓史さん

発表資料

20110806_ebook-typo_takase_slide.pdf

[資料P1]

まず、自己紹介を簡単にさせていただきますか。今、イースト株式会社という所におります。もともと私、出版とはまったく縁のないところにですね、金融系のSEをついこないだまでやっておりまして、ウェブ上のコンテンツでコミュニケートする人を見ているのが好きでして、それで、ただ、本というのは絵が描けなくても動画できなくても音楽できなくても、わりと簡単に作れるものじゃないかと思い込んでいたんですね。ただ、そうしてみると、日本だと手軽に本をつくって出版するというのは、企業向けのクローズドなフォーマットでむずかしかった。

そういうときに海外でEPUBっていう、オープンで誰でも使えるフォーマットを知りまして、誰でも本が作れたら素敵だなと思って、仕様書を翻訳してみました。そうしたら、アップルのiPadが突然EPUBに対応すると言うことで、急にバーっといきまして、その中で、このEPUBでまだ弱いところである、日本語組版について、次のEPUB3の仕様に入れて行こうということで、プロジェクトのお誘いを受けまして、この会社に入りました。2010年の11月、半年前ですか。それでお手伝いさせていただいたという、そういう不思議な経緯がございました。

まず、しまったと思ったんですが、EPUBの話、なんもしていないんですね、この資料の中で。EPUB、ご存知ですか、みなさん? EPUBって何だって方、手を挙げて……まだご存知ない方……1名様くらいでよろしいですか。

そうですね、村上さんの話にもあったように、ウェブのページをZIPでパッケージして、いろんな環境で見られるようにしたオープンなフォーマットです。誰でも作れます。仕様が公開されてますし、ライセンス料が発生するようなこともありません。

誰にでも公開されているんで、誰でもコンテンツを作れますし、ビュアーも作れる。例えば本間さんが縦書きビューワ、あれもEPUBビュアーですね。誰でもビュアーが作れる。色んな環境で再生ができる。どこでも読むことができる。読書環境を多様にするというのは、非常にメリットであります。

ただですね、そうなると、いろんな環境で読まれることを配慮した形で作らなければならない。端末によってディスプレイのサイズがバラバラですし、サポートするフォントも違う。その中でも、きちんと、カッコイイ形で見せることができないかもしれないですけど、いろんな環境で最低限度読めるような形にすると言うことが、最初に読ませることが大事という、EPUBのひとつのポイントだと思ってます。

制作者が意図した形で読ませたければ、すでに私達はPDFがあればいいじゃん、EPUBを推進しているにも関わらず、言っちゃったりすることがあります。

[資料P2]

[資料P2]

そのEPUBの見栄えというのは、どういう形で決まるんでしょうかということなんですけど、制作者というのは、紙の本の場合ですと制作者が意図したレイアウトで読者が読むという一方通行のものですよね。ただ、EPUBのようなオープン・フォーマットになりますと、実際に目にする形にはいろんな要因があります。もちろん制作者のこういった表示をさせたいという指定をすることもありますし、それとは別に表示をさせる環境の問題もあります。先ほど言いました、フォントの問題、ディスプレイサイズの問題の他に、CSS、スタイルシートを使うんですけど、それによってサポートしているスタイルがまったく違ったりする。これが利かないとか、あるビューワだとフォントの指定ができるんだけど、このビューワは指定できない、文字が太くできない、いろいろ環境によって違いが出てくるわけですね。

さらに、その表示ソフトウェアなんかは、当然読者に対しては好みの文字のサイズ、行間のサイズとかを指定することができますので、読者の本の形、実際の本の見栄えに対して、関連する領域があると思う。制作者と読者の間にあるんですね、EPUBというレイアウトの形は。まず背景として、このようなことがあります。

これで日本語組版をどうするかと言うことで、私もようやく、最近EPUBということを勉強するために、『日本語組版処理の要件』ですとか、いろいろ組版に関するものを勉強させていただいております。

[資料P3]

[資料P3]

最初に困ったのが、『日本語組版処理の要件』では、最初に「基本版面」ということから説明しているんですね。版面設計の基本サイズはどうするのかというと、最初に本文文字のサイズを決めるんです。今度は1行あたりの行長を決める、1ページにこのくらいの行数を配置するということを決める、これから最初の一歩というふうに、読めました。

一方、リフロー型の電子書籍はどうするのか。まず文字サイズは環境によって異なりますし、フォントも何が入っているか分からない、ユーザーだって自由に変えることができる。行長はどうでしょうかというと、文字(のサイズ)が変えられるんだから、当然1行の中で格納できる行は変わってきますよね。ディスプレイの幅もありますし。その結果として1ページの行数というものは、なりゆきで決まってしまう訳で、環境に依存する。最初の一歩となる足場がないんですね。組版という部分から出発しようとすると。これがですね、リフロー型と日本語組版との、なんていうんでしょうか、出発点の違いがあるんです。

ここに日本語組版とリフロー型の出発点の違いがある。その中で、日本語をどうやって読みやすくするか。それには何から手を付けていけばいいのかというむずかしさがあります。

[資料P4]

[資料P4]

ちょっと文字の話をしますと、ウェブサイトとかを作られる方はいらっしゃいますかね。たとえばウェブサイトでヒラギノを必ず表示させたりしようとすると、画像にするしかないんですね。Windowsには当然このフォントは標準で入っていないわけですから。それからもう、文字自体、豆腐になって化けてしまうようなこともあります。バラバラです。とくにAndroidに関しては、第三水準、第四水準が、非常に豆腐になる確率が高かったり、別の文字が表示されてしまったりということがあります。

それで、JIS X 0213:2004の、第三、第四水準くらいは表示できる環境が整って欲しいなと思っています。当然字体が違いますよね。(常用漢字などでは)この字はこの字体でないと意味がないということが、出てくると思います。EPUBでは今度、フォントを埋め込んで表示するという方法が可能になりますので、そこはなんとか対応できるかなと思います。

あとは、ある程度、WindowsでもMacでもAndroidでも、なんでも共通で使えるフォントが欲しいなと個人的に思っています。WindowsとMacで、欧字のフォントですと共通のコアフォントが使えるのに、日本語では全然違う。これはなんか、頑張って日本語の共通のフォントを、ベンダーさんに入れて欲しいなと思っています。

[資料P5]

[資料P5]

あとは、フォントの持つ情報。フォントがですね、縦書きにした時に、どういう情報を持つのか(フォントの中のどういう情報を参照するのか)。グリフを置換するとか、じつはいろんな、私はそんなに詳しくないんですけど、いろんな情報を持っているんですね。それがフォントのフォーマットとか、作られた時期とかによって、異なってきたりする。

具体的にどうなるかというと、これはWebKitという、iPadなんかのものですけど、あとはSafariとかで使われているレンダリングエンジンの表示なんですけど、これが今年の2月くらいですかね、欧文と日本語の文字という、それぞれ同じ内容を、フォントだけ変えて表示させてみました。上がヒラギノ明朝、下がIPA明朝。グリフの回転の仕方が違うんですね。どういうことかというと、IPA明朝の方は、縦書き用のグリフを持っていないんですね。で、こういう形で表示されてしまう。ただ、どういうふうにグリフを表示するのかが、CSSの仕様では決まっていませんでしたので、とくにWebKitが間違っているというわけでもないんです。それで、フォントによって見え方が違うというのは、作る方は非常に大変ですよね。これから、予想できない状態でコンテンツを作らないといけないわけです。なので、ここは、今、村上さんとかCSSの方が頑張って、フォントの情報を利用して、利用できない時は代わりにビュアーが文字を回転させる。そういう共通の取り決めを今作っていらっしゃるところです。

それでですね、固まってないんですけど、もうWebKitでは、実装されているみたいで、私も今日表示してみたら、ご覧のように直っているんですね。なので、まだ実装によって、バラツキもあるし、フォント側も持っている情報が充分じゃないということで、非常にむずかしい問題になってます。

[資料P6]

[資料P6]

EPUBはスタイルシート、CSSで指定するんですけど、スタイルシートもやっぱり基本、英語圏の人達の仕様を前提としたもので、日本人の感覚として作る、指定しやすいものにはなってないなと私は思っています。
EPUBでよく使われるエラスティックレイアウトという手法があるんですけど、本文サイズ、基本となる文字のサイズに「em」という単位を使います。これはアルファベットの大文字のMの幅なんですが、だいたい全角の大きさになるんですね。それに対してそれくらいの比率、1.2倍とか0.5倍とか、そういう比率で指定することで、いろんな端末、いろんな環境で表示されたときに、相対的に表示を連動することができるという、抽象的な指定の仕方ですね(環境の違いにあまり依存しないウェブ・デザインの手法ということ)。

これをもしも日本語組版でやろうとしたら、行取りと本文の文字サイズが、けっこう数字が細かくなっちゃう。本文のサイズが9ポイントで、行間が8ポだとして、見出しが12ポで、手前で1行あけて、2行取り中央で、本文の文字サイズで行頭1文字あけるという、普通の原稿用紙の感覚で、紙の世界では簡単にできることが、スタイルシートでやろうとすると、こんな小数点3桁で割り切れないですよ。こういう数値になっちゃう。しかも、これを折り返すと、もう行グリッド、行の流れには収まらなくなる。それに感覚的に文字をポンポンポンと置いていくような作りにはなっていない。

これをもうちょっと、日本語の文字サイズと行取りをベースにした感じで作れるようになって欲しいなと思っています。電子だからいらない、そんな必要はないって言っちゃうことは簡単なんですけれど、まだまだニーズはあるだろうなと私は思っています。

これについてもですね、「CSS3 Values and Units」というところで、本文のサイズで1文字分の大きさにするgemという単位が定義されています。現在EPUBのデザインでよく使われるemというのは親要素の1文字分の文字サイズなんです。親要素も文字の大きさが変わるとemで指定した文字の大きさも変わってしまう。そうじゃなくて、常に変動しない本文1文字分の大きさというもがgemによって定義できます。あとは行に合わせたブロック位置の指定を可能にする「CSS3 Line Grid」という、2つの仕様が重要だと思っています。

[資料P7]

[資料P7]

というわけで、EPUBにもいろいろ問題はあるんですけども、このなかで、本当はけっこう合意ができるんじゃないかと私は思っているんですよ。まず「電子出版物の制作は紙の組版ルールにとらわれるべきではない」。これはある程度、みんな思っていることではないかと思います。反面、組版で培われた日本語レイアウトを、まったく捨ててしまっても仕方ない。ある程度生かすべき。ここもたぶん、共通理解だと思うんです。では、どんなふうに組版ルールというものを、これから電子出版でやらなければならないかということなんですけども、そこで参照できるのは、現状、やはり紙のものしかないので、という話になりがちです。まあ、紙のルールを電子出版ではどうするか、そういうところからから出発していくしか、結局はないのかなと。これもやむをえないのだと私は思います。

ただ、そもそも組版の目的ってなんだっけということなんですが、ここまで皆さんの定義をディスカッションの中でしてきましたけど、もてなしの心だとか、読みやすくするものであるとか、結局は読者が読んだときの、ユーザーのエクスペリエンス、読書体験のために、組版はあるわけですね。ですので、読書体験全体の中で、組版は何パーセント、占める位置、読書体験全体の中で、組版の話だけしていいの? 他には何があるの? みたいなことを、問いかけとして立ててみたいと思うんです。

他に組版以外の構成要素、読書体験を形づくるものがあるとしたら、それを組版で生かせるはずで、あるのか、ないのか。そういった問題意識を持って、見ていきたいと思って作ってみたのがこれです。

[資料P8]

[資料P8]

一番抽象的ななものとしてユーザーが体験する、コミュニティーの方も、読書体験がある。それとですね、まず本そのものに対する、本を作るというコンテンツ設計とはですね、具体的には、たとえば電子書店とか、共通の、本を入手する、そこで作られている読書体験があるんですね。

まあそれから、本そのものを作る。この中には、電子書籍のデータを作る、データを作るというところがあります。まあ、最近ですと、それとは別に電子書籍のソフトウェアを作るというものもありますね。狭い意味の組版というと、電子書籍のデータを作った上で、そのデータの文書構造があって、それに対してレイアウトを指定するという……構造というのはHTMLとかCSSということなんですけど、そのレイアウトに関する議論が、されている。ヘタすると、そこしか議論されていない、そこらに収まってしまいがちである。

それとは別に、ソフトウェア設計のところでは、ビュアーで、どういうふうに読書するかということがあって、実際にビュアーで表示されたものを、どういうふうに評価するかという所でも、組版のノウハウは生かされるべきだし、その知見をお持ちの方は発言して生かしていくことが重要だと思うんです。

それから、ユーザーがどういうふうに操作して、どういうふうにするかというインターフェイスの部分があります。ここは通常のコンテンツ制作者というよりは、ソフトウェア開発の領域となってきますので、ちょっと手の出しづらい部分じゃないかなとは思います。

本そのものを、アプリケーションとして開発する方法があるわけですけど、iPodアプリとか一般的ですね。レイアウトだけではなくインターフェイスや様々な機能を持ったひとつのソフトウェアとして本を作る。これはインターフェイスや機能もコンテンツが持つ表現の一部になりますから、ノベルゲームなどのゲームデザインの領域に近いのかもしれません。
たしかに組版というものはコンテンツの体裁を主に取り扱うわけですが、従来の組版という言葉に踏みとどまってしまわずに、もうちょっと、いろんなところに足を踏み入れていってもいいんじゃないかなと思っています。

あとは電子書籍の土台となるプラットフォームの問題がありまして、それぞれメタデータ、誰が作った、どんな本であるというような……ユニークなIDを付与することができる。そうすると、そのIDで本同士を関連づけられる、linkingですね。それと関連して、ソーシャルリーティングというものがありますけど、「ぼくは読んだよ」「あそこはあの章の部分まで私も読んだよ」というような。単に本をデザインするのではなく、本を読まれる環境の土台、環境全体を設計するということになってきます。ただ、これは大きな力を持ったプラットフォーマーじゃないと、なかなか手を出しづらい。そうなると、通常の一介のコンテンツ制作者として関われるとなると、データ構造、レイアウト、さらに描画処理、あとはユーザーインタフェイスというアプローチになってしまうんではないか。ということで、現在の私の認識ですね。

[資料P9]

[資料P9]

あと、日本語組版て……あとどのくらい時間あります? 大丈夫です? 日本エディタースクールの「文字の組み方」の縦組み編、横組み編、あれは読みやすくて、ずいぶん参照させていただいているんですけど、そこで一番最初に出てくるのが「行処理」なんですけども、なんのなんという文字の間は何部アキにするということから入るんですよ。これがちょっと違和感があって、なんでかな、この違和感はと思ってました。やっぱり出版物というものを、全体にとって文字と文字の間っていう、なんでそんな重箱の隅のようなところから始まるのと(笑い)、部外者としては思ってしまうんですね。

文字っていうのは、ほとんどの出版物で使われている、ある種普遍的なものではあるんですけども、そこには装丁があって、前付け的なものがあって、後付けがあって、いろんなものがトータルであって、その中のこの役割を持つ文字だから、これはこういうふうに見せるとか、そういう動機づけられたものが、アプローチを学びたかったんですけども、いきなりこの文字とこの文字の間を空けるというような感じですと、なんでこうなっちゃうのかなあと思ったんですけど、これは本当に私の個人的な思いなんですけど、これは現在の紙の出版のワークフローに原因があるんじゃないかと思っているんです。

まず、このデータがありまして、これを印刷してくださいという事で組版屋さんの所に発注が行きまして、「いや、このコンテンツ良くないから、俺が直してやる」って、とんでもない話ですよね。出版物全体で、組版という工程で触れる領域が、非常に限定されてしまっているために、そこについてしか語ることができない。量とか図版をどう配置するか、そこしか、工程上いじる権利がなかったために、そこしか挑んでこなかった、いうのが、組版というカテゴライズの生い立ち、属性かなという風に、部外者的に、もしかしたら怒られるかもしれないんですけども、思ってしまいました。

ただ、これが電子出版とか、非常にカジュアルな、誰でもオープンなフォーマットで本を作れるようにできましたから、最初からまず、コンテンツの企画から関与できますし、ユーザーにどういうふうに見せるか、どのくらいの量にするか、そういうところだって、始まるわけです。そうなると電子出版について、わざわざ組版っていう、紙における印刷手前の段階にカテゴライズするという言葉は、それほど意味がないのではないか。むしろそれ以外の部分にもタッチできるんだから、視野を拡げていこうよというのが、私の提案です。

[資料P10]

[資料P10]

あとはですね、組版などは、どうやって見せるかという見栄えのみを議論されていると思うんですけど、もっと目に見えないデータの構造についても、視野を持って欲しいなと思うんですね。どういうことかというと、遠近法の例を出してみました。 遠近法的な図でいうと、まずヨーロッパの人、というかHTMLには信仰があります。文章は構造と見栄えに分離できるという風に信仰しています。そういう一神教の元に作られているわけです。その一神教というのが、この遠近法における消失点法であって、そこを中心にして出版物を構成する要素が配置されているわけですね、構造的に。

日本ていうのは、もうちょっと曖昧なんですね。版面があって、なにか明確なものはないんですけど、もっと感覚的に文字や要素が置かれているなあという。そこまで厳格なものではない。これは宗教戦争になって、絶対にできないです、どっちが優れているかということは。言えないんですけど、左側(左上)の遠近法みたいなものが、世界的にブームになりつつあって、対応が求められている。

ですので、それに、それでも扱いやすいようなもの。一神教、コンテンツは見栄えと構造に分離できるぞという一神教を信仰すると、信者にはメリットがあって、見栄えの自由みたいなレベルの事(笑い)、まあひとつ、そういう恩恵があるわけです。こっちの恩恵をうまく利用できないかなあというふうに思っているんで、コンテンツ、見出しですか、本文……なんていうんでしょうね、構造的にタグ付をしていくということにも、目を向けていて欲しいなというのが、私の願いです。

で、右側はですね、歌川国芳という人の絵なんですけど、この人、こういうペラッとした絵を描いているんですけど、わりと西洋の影響を受けた浮世絵も描く人で、下(左下)も同じ人が描いたんですよ。遠近法の絵の影響を受けて、忠臣蔵を見事な遠近法で描いたんです。こういうふうに、日本の感覚プラス構造化されたコンテンツが簡単に作れるようになったらいいなというのが、私の願望です。

[資料P11]

[資料P11]

組版っていうと見栄えの善し悪しを議論する気がします。ですけど、なんのためにそういう規格ができたかというと、工業規格ですよね。規格という側面があると思うんですよ。みんながハンドスクリプトで出版するわけじゃないし、ある程度共通化していくということは、やはり出版産業という大量生産をやっていくうえで要請がありまして、ですから日本語組版についてもJIS X 4051の規格票で定まっている。

規格というものは工業分野での標準化をすすめために制定されたものですから、そうなると……ただ、国内の規格ですよね。ウェブとかEPUBについては、世界標準の規格ということで、そこの標準化でも、ちゃんと日本語が見られるようになる必要があるということで、その課題が、今顕在化してきてですね、とくにCSSの方々に頑張っていただいているところです。標準規格にするという組版の工業的な、情報を交換する、交換情報としての重要性というものも、ぜひ見ていただきたいと思います。とくにJIS X 4052っていう、けっこうHTMLに似た形ではあるんですけど、なんといいますか、HTMLではなく、独自に決めちゃったみたいな形になってまして、そういうときに、普段日本人だけが扱うから、他の人はどうせ使わないだろうから、ここまで決めていいかというと、そういうことではないと思うんです。

[資料P12]

最後は本当に私、ゴリ押しなんですけど、吉本隆明さんの、このテキストがあります。これをですね、EPUBに関わるときに、非常にこの文章を思い出したんです。ちょっと読みます。

[資料P12]

わたしたちの詩歌の歴史は、いつかどこかでとてつもない思いちがえをしてしまったらしい。これは、たえず優位な文化から岸辺を洗われてきた辺境の島国という歴史的な宿命を負ってきたことを考えると、痛いほど身に沁みて感じられることである。わが国では、文化的な影響をうけるという意味は、取捨選択の問題ではなく、嵐に吹きまくられて正体を見失うということであった。そして、やっと後始末をして、掘立小屋でも建てると、まだ土台もしっかりしていないうちに、つぎの嵐に見舞われて、吹き払われるということであった。もちろん、その度ごとに飛躍的な高さに文化は引き上げられた。でも、その高さを狐につままれたように、実感の薄いままに踏襲しなければならなかった。
吉本隆明「初期歌謡論」

……これは、非常に電子書籍の今の、黒船だ黒船だと言われている、グローバルな電子出版ビジネスがここで言う嵐だと言えます。いきなりやってきた嵐の中で右も左もわからないでいるような、そういう感覚ですよね。今まで日本でやってきたんですけども、なにか国内の規格、国内標準で掘立小屋を作っても、それが今、外からの嵐によって吹っ飛ぶかもしれない,、吹っ飛びそうな状態になっている。それはもう取捨選択の余地というのはほとんどなくて、やっぱりそれを選択するしかないし、よくわからないままにそれを受け入れて付いていくしかないという。これは、良いことか悪いことかではなく、ひとつの宿命だと思っています。ただ、この文章でちょっとフェアじゃないのは、文化の喩え方が違うということで。わが国の文化は建築物、建物として喩えれるのに、外国の文化は嵐に喩えられている。外国の文化だって、いわば建物なんですよ。こっちからコミットすることはできるわけです。そういうコミットをされて来たのがを、こちらの村上真雄さんですが、縦書きのモジュールにはいつから関わって来られたんでしたっけ?

村上:アンテナハウス・フォーマッターの開発が1999年からで、そのときから縦書きを実装しています。W3Cの日本語組版タスクフォース(JLTF)の活動がはじまったのが2007年です。

99年くらいから縦書きの取り組みをされているということですね。ありがとうございました。要するに、対等なんですよ。対等の建物なんです、世界の標準規格というものは。日本が掘建て小屋で嵐でっていうんじゃなくて、共通に、同じ建物を作れるんですよ。世界の標準の中で日本語組版を入れるということができるんですから、日本語組版のノウハウを標準であろうが、ビュアーであろうが、そっちに取り入れることで生かしていこうじゃないか、と。そういうことについて、マークアップや、CSSのプロパティ、ビュアーの設計などいろんなところに、既に組版の知見をお持ちの皆さんに関わっていただきたいなというのが、私の思いです。

高瀬拓史(たかせ ひろし)
イースト株式会社EPUBエバンジェリスト(自称・笑)。EPUB 2.0仕様の日本語訳を手掛けたことを切っ掛けに電子出版の世界へ。日本電子出版協会「EPUB日本語要求仕様案」,総務省「電子出版環境整備事業ーEPUB日本語拡張仕様策定」プロジェクトに関わる。twitter: @lost_and_found
トップページ お問い合わせ