電子書籍の組版を考える

「和文組版の歴史に電子書籍は何をもたらすのか」前田年昭さん

前田年昭さん

発表資料

「和文組版の歴史に電子書籍は何をもたらすのか」

20110806densho.pdf

「組版とは本来、動的なものである」

kumihanwadouteki3.pdf

前田です。今、本間さんの話、組版は気遣いだと。そのとおりだと思うんですね。そのことを、さらに組版ソフトの仕様として考えたら、その点はどうであるのか。最近のソフトは、あまりにもなんでもできますよ、とユーザー(消費者)に媚びを売っててダメなんですね。

つまり、本来はなにを買いますかときかれ、これが仕様です、とデフォルトで見せる。その上で、ユーザーが好みに応じて変えられるのがいい。何がいい組版かというのは、小説か詩か、俳句か短歌かで違うわけだし、それから読み手にとっても、その人の読書経験とか、あるいは体力、視力、そういうことによっても違う。

私事ですけども、私の父は昭和2年生まれ。父も読書好きなんですが、図書館行くと大活字本を勧められた。年寄りだから。ところが読みにくい。なぜ読みにくいかというと、視野が狭くなってる訳ですね。だから読みにくくても文庫本の方がいいんだ。字が大きければ、読みやすいって、勝手に決めないで欲しい。読みやすさも読みにくさも個別に具体的にあるのです。

で、私自身は、高校中退してから、謄写印刷/ガリ版、タイプ印刷、活版、写植と渡り、覚えたはしからすぐなくなっていった。だから単位もいっぱい覚えました。今は使わないミルスなんてのもありましたけども……で、現在のDTPに至ります。

『組版原論』を書いた府川充男さんが、「組版のことで一言いおうとするなら、年間300冊は本を読んでないとダメだよ」。私はこれ、真理だと思うんですね。どれだけ読んでいるか。電子書籍についても——まあツールですから、作る人は作るのが面白いというのは分かるんですけども——やっぱり読書量の蓄積が基本のところでものをいう。読んでる人に、どれだけ寄り添えるかが、電子書籍の将来を、決めるように思います。

昨年のKindleとiPadの登場で、電子書籍元年とか言われましたけども、じつはもう20年前からいろんな端末が出されてきたけど、皆ことごとく失敗してきた。なぜか? そこに読み手の視点がない。作り手の都合だけしかない。作り手の出版社は乗り気でない。これでは成功するはずがない。他方で、いや、もうこういう時代だから、好みが多様化しているから、みんな寂しくても寂しさをごまかせる術をそれぞれ多様な趣味で充足しているから、そんなにいっぱい売れるわけはない、と知ったかぶりする人もいますがね。iPad版も出ましたけど、iPhone版の大辞林、あれは2,500円と高いのに、もう売り上げが15万本を超えた、という事実があるわけです。要するに、かっこよくて、面白くて、使えれば、みんな買うわけです。

ちょっと長いので解説はしませんけども、レジュメを2冊、配ってます。1つは『組版とは本来、動的なものである』。ちょうど1年前のものです。もう一つ『和文組版の歴史に電子書籍は何をもたらすのか』。これは今日、出したものです。『組版とは本来、動的なものである』を、昨年出したときに、私はいろんなことを言ったんですけども、つづめて、現時点の言葉で言い直すと、和文組版は行組版であり、行頭行末揃えという根本ができないままに、枝葉でやれ割注だ、やれルビだ、とやっているのは本末転倒じゃないか、と。

で、つらつら、そういうふうになった歴史を検討してみますと、『Requirements for Japanese Text Layout日本語組版処理の要件)』からCSSへという、そういう歴史に、私は敬意を表しますけども、line-breakで禁則処理については強い禁則をスタンダードとする誤りを日本から海外へ発信してしまった。

強い禁則と弱い禁則がふたつ並んでいると、強い方が上位で優位と思うかもしれないけども、それは思い違いである。その結果、根本の行組版は犠牲になっていないか、というのが私のいちばん言いたいことです。

現実に日本語組版でも、JIS X 4051が対象とした書籍では、きつい禁則であれ、ゆるい禁則であれ、対応できるような形で策定されています。 実際の日本語の文章がどんな形で出ているか。新聞とか見ていただければ、短い行長、少ない字詰めの中で、約物が重なっても、それぞれ全角どりにしています。これを、誰もそれが変だとか、おかしいとか、思わない。言われると、あ、そういえばそうだね。でも実際毎日読んでいるわけです。それは一般紙もスポーツ新聞でもそうです。

また、文庫本の中でも、ハヤカワ文庫とか創元推理文庫は、同じように行方向の格子状の揃えを重視して、ぶら下げをして、できるだけ調整値を減らす組版をしています。もちろん、調整を減らすと言ったって、調整は発生します。和欧混植があれば発生しますし、さまざまな理由で発生します。でも調整を減らして、行組版の姿を守っていくことが、さまざまな形で、なされている。私はむしろ、新聞組版が和文組版のスタンダードであって、それをもとに考えるんであって、行組版を犠牲にして、ルビとか割り注とか、こんなこともできるんだよっていうのは、本末転倒だ、と思うんですね。

私は昨年夏、いろいろ検討した結果、HTC Desire 001HTが画面が800×480と広く、音が良いので、これを買ってほとんど毎日1時間以上、電子書籍使わせてもらいました。その中で、日本語、和文の縦組みに対応した、4つのアプリを見てもらいます。

サンプルとして比較検討につかったテキストは、青空文庫にXHTMLがおさめられている徳冨蘆花の『謀叛論』、このちょうど真ん中あたりに漢文の読み下しをルビとしてふっている箇所が連続している部分があり、これを組版ビューワの力を試すひとつのリトマス試験紙として使います。

4つのビューワそれぞれルビの処理については異なっており、どれ一つとして同じものはないというのは興味深いです。(1)i文庫と(2)MHE Novel Viewerは、ルビ文字と親文字との対応が読み取れず、どの地点からどの地点までの本文文字列に対してルビが付いているのか不明という、論外なものです。バイパスから本道へ戻る地点がわからず読者は道に迷ってしまいます。(3)A・文庫と(4)縦書きビューワはやり方はちがっていますが、そんなことはありません。

(1)はルビ文字サイズをユーザーが変更できますが、ルビ文字サイズのデフォルトが親文字の半角ではなく、そのためもあり、ルビ文字列長さが親文字列長さより長いときに、ルビ文字列が画面の外に出てしまって切れている場合があります。ルビを読みやすくしたいと思ったのか任意の大きいサイズをデフォルトにするなど本末転倒、ここでもデフォルト設計の大切さを教えています。

日本語組版の中の、風(ふう)、スタイル、風格、風姿、「風姿花伝」の風姿ですけども、これはおかしいぞと、やっぱり分かるわけです。組み方向はよほどのことでないと意識する時ないですよね。町の中で組み方向を意識するって、たとえば船とか車で、その名前となどで前向きに対して左側と右側、それぞれ前から後への組版になっているときに、あちょっと違うなと気づくくらい。やっぱり上から下へ、左から右へ、日本語を母語にする人たちはとくに組方向を意識することなく読みます。

そのように、行組版の伝統っていうものは、私が個人的に主張としていっているのではなくて、これは歴史の事実なんです。だから無視し得ない。

で、正倉院文書、これを見てもらったら分かりますけども、1400年前、巻物に定規あてて、紙の上と下、版面の上と下、計四ヶ所に切れ込みを入れた専用の定規を使って、写経したわけですね。なぜ版面の上と下に印があるかというと、それだけは揃える。和文の行組版も、やっぱり1400年来、そういう姿なのです。

そういう意味では、技術基盤が変わっても、つまり写植になったときだって、活版になったときだって、そんな新しい組版ルールになった訳ではないわけです。それは、今までやりにくかったことがやれるようになった、たとえば行全体で込め物を何ヵ所か入れるんじゃなくて、行全体で調整するとか、そういうことができるようになったことはあっても、根本のところは変わらない。

活版から写植になったとき、変わったのは何かというと、見出しとかリードとかで、変形、長体とか平体とか仮名詰めとか、詰め組みとか、そういうことができるようになった。写植は写真だから、光学的なものだから、この特徴を生かした。ルールが変わったんじゃなくて。表現が変わった。同じ意味でも、電子書籍というのは、ページ概念が変わる。つまり紙と印刷ということから離れたページ概念というのが、がらっと変わる。時間の概念が変わる。いろんなフレームが変わる。むしろ、そんなに思いきった表現をね、考えるというのが、やるとしたら本筋ではないか。まして、本棚の画面だとか、ページめくりアニメーションだとか、そういうどうでもいいところに力を入れるべきではないと思う。

新しい表現としてのキネティック・タイポグラフィ、モーション・タイポグラフィを紹介して終わります。

(DADA RADWIMPS – YouTube)http://youtu.be/Yy6XeGCNkSM

これ、YouTubeで見てください。すいません。 RADWINPSというロックバンドの、「DADA」って曲なんですけど、RADWINPSってバンド名は“カッコいい弱虫”という意味なんですが、面白いです。800枚、木で大小の文字を作って、4人が遊んでいるところを撮して合成したものです。3分半くらいなんですけど、ぜひ見てください。いま440万ビューくらい。

前田年昭(まえだ としあき)
日雇い編集・校正者。電算写植組版ソフトの企画開発,辞書組版プロデューサーを経て,日本語の文字と組版を考える会世話人,日本規格協会電子文書処理システム標準化調査研究委員会WG2委員,句読点研究会世話人を歴任。2011年から神戸芸術工科大学で組版を教える。http://www.linelabo.com/KDU/
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