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第14回「チベット大蔵経木版印刷所デルゲパルカン」

開催概要

もじもじカフェ第14回「チベット大蔵経木版印刷所デルゲパルカン」は終了しました。 終了報告 もご覧ください。
日時 15:00〜17:30(開場14:30)
会場東京阿佐ヶ谷
ゲスト中西純一さん(ジャーナリスト,探検家)
参加費1000円(ワンドリンクつき)

内容

デルゲパルカン(徳格印経院)

デルゲパルカンで印刷された経典

チベットは,7世紀の統一王朝建国以来,インド伝来の仏教が篤く信仰されてきた地です。8世紀以降,国家事業として仏教経典の組織的収集とチベット語への翻訳が行われ、チベット大蔵経としてまとめられました。写本による複製だけでなく,木版印刷も行われるようになります。1410年に北京で初めて開版(版木を新たに彫って印刷・出版すること)されたあと,20世紀に到るまで,チベット各地で開版が行われました。

大蔵経の版木を製作・保存し,求めに応じて必要な箇所・部数の経典を印刷する宗教施設を印経院(パルカン)といいます。現在も印刷が行われている印経院は,東チベットのデルゲという街(中国四川省;標高3220m)にあるデルゲパルカンだけになってしまいました。デルゲパルカンは大蔵経を中心とする27万枚以上の版木を擁し,18世紀以来,今日に至るまで営々と木版手刷りの印刷を続けています。

デルゲパルカンでは,地元民が地元の草の根を原料に製紙を行い,インキを製造し,版木を彫刻し,印刷を行う,街ぐるみの印刷システムが出来上がっています。

デルゲ版大蔵経は,大正時代に多田等観が請来して仏教研究の重要な資料となるなど日本とも関係がありますが,ごく近年までデルゲパルカンの実態はほとんど知られていませんでした。今回は,1998年からデルゲパルカンの調査研究と支援活動をしてこられたジャーナリストの中西純一さんにお話を伺います。デルゲパルカンを紹介する貴重な映像も上映する予定です。

ゲスト

プロファイル

中西純一さん
(ジャーナリスト,探検家)

中西純一(なかにし じゅんいち)
1990年よりフリーの中国語通訳兼コーディネイターとして各種企業・団体の仕事を行う。1994年に世界初のメコン川源流の様子を日本テレビ夜のニュース「きょうの出来事」で放映後,この番組内の特集の企画・制作をはじめ,ジャーナリスト活動が本格化する。以後アジア各地の食材の現状をリポートし続ける。
2005年夏から飲食業界に身を投じ,大手居酒屋チェーン,高級中国料理店に勤める。飲食業の舞台裏を経験,経営や店舗運営という視点を養う。
2008年3月からは再びフリージャーナリストに戻り,今後ますます関心が高まる「食モラル」「レストラン評価」の実態を厳しく評論していく予定。
東チベットにある仏教経典印刷所デルゲパルカン(徳格印経院)の復興に向けた調査をトヨタ財団の支援を受けて行い,この施設を世界ではじめて「活きている文化遺産」と命名,1996年以降ボランティアでチベットへ通っている。
著書に『本当に美味しい中国料理が食べたい』(NTT出版),『エイジアン・デザート』(スリーエーネットワーク社),共著に『活きている文化遺産デルゲパルカン』(明石書店),『解読! 香港編』(雷鳥社)等がある。

終了報告

著書を手に説明される中西さん

今回は、まずゲストの中西さんが現地調査の際に撮影された、デルゲパルカンの貴重な映像(約20分間)を見せて頂きました。通常撮影が許可されないパルカン内部での実際の印刷や、版木の収蔵庫の様子がはっきりと分かり、またデルゲ地方の風土も映像で眼にすることができ、後半の中西さんのお話しをより良く理解するための導入部となりました。地下水が貴重な壁画を傷めていることや、展示館を作る計画が資金面で難航していることなど、パルカンの抱えている問題も浮き彫りにされました。

休憩の後、質疑応答形式で中西さんからお話しを伺いました。「インキには何が使われていますか」「版木の材質は」といった技術的な質問や、「パルカンの収入源は」「デルゲの若者たちのパルカンに対する認識は」といったパルカンの運営や現状に関わる質問まで、幅広い質問が出されました。「パルカンの保護のため、一般人としてできることがあれば教えてほしい」といった真摯な質問もありました。また、チベット文化に詳しい参加者からも、貴重なお話しが伺えました。中西さんの提唱する「活きている文化遺産」という概念がよく伝わって来た回になりました。

参加者の声

「なんとなくチベット仏教の僧侶たちが印刷していると思っていましたが、ランニング姿の若者たちがすごく熟練しているのが、かえって地域みんなで守っているんだなあという感じがして良かったです」

「とても有意義なお話が聞けました。“活きている文化遺産”という言葉がとても心に響きました。」